会社案内
ごあいさつ
代表取締役 宮崎 昭人こんにちは、株式会社匠技建社長の宮崎 昭人でございます。
当社は創業以来、幅広い建築分野の中で住宅建築に意欲的に取り組み、地域に根付いた総合建築会社として皆様に親しまれ成長してまいりました。
お客様それぞれの価値観が多様化する中、住まいに対するご要望もバラエティー豊かになっております。私ども匠技建では、豊富な経験・技術力・蓄積されたノウハウでそれぞれのご家族のライフスタイルに合った、上質な商品(住宅)をご提供させていただいております。
又、土地探しやリフォーム・アフターメンテナンスも当社グループ会社がお引き受けしておりますので、様々な角度からお客様へのご提案が可能となっております。
近年、紹介受注のお客様や口コミのお客様が大幅に増加しておりますのは、「たしかな信頼」を得ているからだと自負しております。
是非、夢のマイホームづくりのパートナーに私共匠技建をご指名ください。経験豊富なスタッフ一同全力で皆様の住まいづくりのお手伝いをさせていただきます。

経営理念
1. 社会環境の変化に即応できる企業体質
2. 社会的使命を果たす経営
社会的使命とは:
良質な商品、サービスの供給
利益により納税を果たす
社員の生活向上を果たす
3. 会社と社員が共に成長する経営
幅広く、お客様のご要望にお応えします
経営基本方針(品質方針)
1. 時代が求める品質とサービスを提供する
2. いい家をつくるために我々は共に働く
3. システムの継続的な改善を行う
社名の由来
匠の由来 匠技建の匠の由来は会長(創立者)の渡辺が生まれ育った山梨県南都留郡鳴沢村太田和にあります。実家の南側のこんもりとした林があり、その小高い山を会長は「たくみ山」と教えられていました。
1582年、織田信長が京都の本能寺の変で明智光秀に襲われ自刃した年、甲斐の国武田勝頼も長篠の合戦で信長に敗れて以来力なく37歳で没しました。その 家臣の一人である「匠様」という人が敵に追われ、河口湖の方から馬の蹄鉄(ていてつ)を前後逆に打ち、進む方向と反対の足跡を残しながら鳴沢村大田和の 「たくみ山」と呼ばれるところまで逃げてきましたが、力尽き自刃したとのことです。「匠様」は武田勝頼につかえた武士であり、大工の神様であったと伝えら れております。村の大工達がこの地に祠(ほこら)という神様を祭る小さなおやしろを造りまた。
現在も古い小さな祠があり、村人がお参りしています。そしていつの頃からか村人は「たくみ山」と呼ぶようになったそうです。「たくみ山」には武田勝頼の財宝をめぐる伝承もありますが、「匠様」の頭蓋骨を持ってきて家の床の間に飾っておいたら、その家は絶えてしまったという話もあります。会長の父は大工、祖父と曾祖父が桶屋でした。おじいちゃん子であった会長は、「匠様」のことを「そりゃあ偉い人で桶屋や大工や建具屋の神様だあじょ」と聞かされました。その頃からきっと「匠様」が好きな子供だったのでしょう。よく「たくみ山」で遊び、お参りにも行ったそうです。その「匠様」の文字をいただき、社名を「株式会社 匠技建」といたしました。
